夢見るきみへ、愛を込めて。


「うげ……」

講義が終わり、届いたメールを確認した翠がさっそく返信を打ち始めた。

「どうしたの」

「バイト代わりに出てくれないかって。レポートやんなきゃだし無理だわー」

「レポートなら休憩中にやればいいのに」

「休憩の意味分かってます? 灯はほんっと働き者よね。欲しいものでもあんの?」


教材をひとまとめにしながら、欲しいものを考える。


「特にないけど、強いて言うならお金かな」

「分かる。まずお金よね。でも使い道を考えようか。灯は実家暮らしなんだからさー。そんなバイト三昧の生活されちゃ、あたしと遊べないじゃないの」

「でも今月から光熱費とか払わないといけないし……あんまり家にいないから、そんなに心配してないけど」

「はっ!?」


廊下へ出た瞬間に、翠は周りの視線を集めるほど驚いた。


「おとといからひとり暮らしになったんだ。お父さんたちが引っ越しただけだから、家は変わってないよ」

「いやいや、何よその急展開! ひとり暮らしって、」

「法月(のりづき)!」


私の肩を掴んだばかりの翠が振り返る。廊下の先でこちらを見ている男の人がいた。ベンチからリュックを拾い上げ、歩み寄ってくる彼には少なからず見覚えがあった。


「先に行ってるね」

「えっ、別に気にしなくて……もう! あとでちゃんと聞かせてもらうからね!?」


そのあとすぐ「なんの用ですか!」と怒った風な口をきく翠を背に、さほど聞いてもらうような話じゃないんだけどなと思う。


お父さんたちと別居することは以前から決まっていたし、寝に帰っているだけ、みたいな私がひとり暮らしになったからといって、何かが大きく変わるわけでもない。毎月お金は入れてくれるらしいけど持ち家だから家賃の心配もないし、あの家で暮らしていくために掛かるお金は自分のバイト代から払うつもりだ。


でも、ひとりで住むのに3LDKは広すぎる。冬休みにでも遊びに来てもらえるよう、誘ってみようかな。
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