夢見るきみへ、愛を込めて。
未熟な変わり目
どこよりも近い空に、見渡す限りの雑木林。瓦屋根や石垣が目立つ住宅地から、かろうじて車が通れるほどの路を抜けると、旅館と見紛うほど瀟洒な建物が鎮座している。本家と呼ばれるその屋敷こそ、私が11年間育った場所だった。
『見つけた』
蝉がひどく鳴いているのが嘘みたいに、透き通った美声が鼓膜を揺らす。
――ああ、夢だ。
これは未来でも空想でもない、昔の夢。
柄のない灰色の着物に、縞模様の入った黒の角帯。綺麗に切りそろえられた癖のない髪の毛。なんでも見透かしてしまう物憂げな瞳。今にも消えてしまいそうな雰囲気をまといながら、惹かれてやまない不思議な存在感を放つ人。
『いっくん……』
夢の中で呼んだのか現実で呼んだのかまでは分からないけど、口にするだけで涙が溢れそうだった。
『ハルは暗くて狭いところが好きだね』
どうやら幼い私は押し入れの中に身を隠していたようで、抱いた膝に再び顔を埋めていた。
覚えている。広すぎる屋敷の角部屋が、私には絶好の隠れ場所だった。
『出ておいで』
拒む私の耳に、大広間で駆けまわる同年代の子供たちの声が入ってきて、よけいに身を縮こまらせた。
毎年訪れる、親類縁者が集う夏の日。母や祖母のためにと言いながら、豪華な食事やアルコールと一緒に笑い声が絶えないのも理解できず、お盆と呼ばれる時期がどうしても好きになれなかった。
大勢の人が自宅に入ってくるのも嫌だったし、そのせいで普段の何十倍も好奇の目に晒されることが何よりも苦痛だった。
『ハル。僕を困らせないで』
ずっといっくんの声を聞いていたい。
困らせてでも、怒らせてでも、いっくんの存在だけを感じていたかった。