夢見るきみへ、愛を込めて。
『ハル』
他の誰も呼ばない、“私”のもうひとつの名前。いっくんがくれた宝物。
愛おしそうに呼ぶその声を子守唄に。慈しむような腕の中を揺り籠に。毎夜眠りにつくことが、最上の幸せだった。
だからこそ邪推する人たちは嫌いだったし、それが余計に自分を孤立させていることに気付いていたけれど。
『僕の言うことを聞かないなら、ここに一生、閉じ込めてしまうよ』
ときに服従を匂わせる、歪な愛情から逃げ出したいと思ったことは一度もなかった。
私はいっくんのもので、いっくんだけが私を好きに扱える。幼かったことを加味しても、当時の私は病的なまでにそう心から思っていた。
お母さんのことも、おばあちゃんのことも大好きだったけれど、いなくなってしまったから。私にはもう、本当に、いっくんしかいなかった。
『泣くときは僕の腕の中でって、言ったでしょ』
ようやく顔を上げた私に、こてんと首を傾げながら微笑む仕草ひとつで、世界が生まれ変わった気さえした。
嫌なことも、哀しいことも、すべて忘れて。いっくんのそばにいる時だけが、揺り籠の中でまどろむことを許されるような、そういう幸せ。
打ち壊すのはいつも――たしかこの時も、嘘と虞の塊だった。
『ああ、いぶきさん。こんなところにいらっしゃったんですね』
水を打ったような静けさに、押し入れから出ようとした私の体は強張った。
息を潜めてしまうのは癖だ。馴染みのない人の前では相手を見ないように、考えないように、自分の存在を意識されずに済むように。ひたすらじっとしている。
『何をなさっているんです? 当主がお待ちですよ』
ゆるりと使用人へ向けられたいっくんの視線からは、あたたかさが消えていた。
攻撃的な目。かと言って睨むわけではなく、色も温度も失ったような、興味のないものを見る目。