夢見るきみへ、愛を込めて。
駅の改札口に着くと、鞄をひっくり返す翠の姿があった。顔面蒼白だった翠は私が声をかけるなり、瞳いっぱいの涙をためて。
『灯っ! どうしよう灯……! 定期も財布も忘れちゃったの!』
余裕を持って2本早い電車に乗ろうとしていた翠は、家まで取りに戻れても、試験には遅れると分かってパニックになっていた。
私は家を飛び出してきたまま握り締めていた、自分の財布を手渡した。嫌な予感がしたんだ、と。
『大丈夫だよ、翠。これを遣って、次の電車に乗るの。大丈夫。無事に翠を試験会場まで運んでくれるよ』
受験生になって、翠は一貫して目指す憧れの高校があった。努力していたのを見ていたから、絶対に入学してほしかった。
そうして遅刻することなく試験を無事に受け、春、入学できたことを、翠はいつも思い返したように話題にして、感謝してくれる。
別々の高校に通いながら、休みの日に遊んだときも。同じ大学を目指すことを知ったときも。今日こうして、同じ大学から帰宅する日なんかも。
ありがとうって言いたいのは、私のほうなのにね。
「そういえば、最近ストーカーはどうなの?」
ようやく折れた傘に対して諦めがついたとき、翠は声を潜めた。
「ストーカーって。そんな大仰なものじゃないよ」
「だって、つけられてるんでしょ。そんな奴をストーカーと言わずして、なんと呼ぶ」
「……興信所の人?」
「やっだ、最悪。どっちにしたって気味悪いじゃん。何を嗅ぎまわってんだか知らないけど、気を付けなよー?」
「うん」と頷いた私は、流れる景色に目を向ける。
「たぶん、大事にはならないよ」