夢見るきみへ、愛を込めて。
窓に映り込む大勢の人たちとは別に、翠だけは怪訝そうに眉を顰めて私を見つめていた。その瞳の奥に心配という文字が見えたから、笑みを返すだけにとどめた。
タタン、タタン。進む電車は私を目的地まで運んでくれる。自宅マンションの最寄りより2つ前の駅に着き、バッグを肩に掛け直すと翠は目を丸くさせた。
「えっ、灯、今日もバイト!?」
降車した私と、激しい雨を降らす空を交互に見つめた翠は『こんな日まで?』と言いたいんだろう。
「うん。また明日ね。早く閉めないと、冷えちゃうよ」
「んもーっ……バイトもほどほどにしなさいよ!?」
ドアの開閉ボタンを押した翠に手を振り、荒々しい風に巻かれながらバイト先へ向かった。
駅から徒歩10分圏内にはいくつものビルが立ち、歓楽街ほどではなくとも、賑やかな夜を迎えられるくらいには酒場が多い。
今日は悪天候の平日ということもあり、どこの店も暇だったようだが。
『ごめんねぇ、灯ちゃん。せっかく来てもらったのに、追い返すみたいになっちゃって』
バイト先のママに言われ、久しぶりに終電より早く帰宅することになった。
3人連れのお客さんが帰ったあと、今日はもう集客が見込めないと、同じビルに店舗を構える酒場のスタッフたちが愚痴をこぼしに来たからだ。
じゃあ、うちも店仕舞いして、みんなで飲んじゃいましょう。そんなママのひと声で、私の本日のバイトは終了。
こんな日は悪天候じゃなくても極たまにあるから、今頃みんなで仲良く飲んで騒いでいると思う。