夢見るきみへ、愛を込めて。
「また呼びたくなったら、言ってね。教えるよ」
誰がいつ呼びたいなんて言ったのか。
名前を聞こうとしたことに、さっそく後悔する。この人はどんな些細なことでも嬉しいに変換できるポジティブ脳をお持ちらしい。
「けっこうです」
「今は、でしょ?」
勝手に付け足され眉を寄せれば、「願望だよ」なんて。いつか私がもう一度、名前を聞くことを望んでいる。
正直言えば、知りたかった。聞いたってよかった。名乗ることなんて人と人が知り合う、最初のやり取りでしかない。
だけど私と彼にとっては、何かとても特別なことのように思えて。名前を知ってしまったらそれこそ、後戻りできない気がして聞けなかった。
こうして短い時間、話すようになったとしても。特別な関係になるつもりは、ない。
「また逢いに来る」
そう言われても私は変わらず返事をしないまま、自動ドアの前に降り立つ。
「今日は敬語が出たり出なかったりでおもしろかった」
開いたドアを通り抜けるべきか一瞬悩み、振り返る。
「もしかしてそれで1回、笑った?」
「うん。今日は耳を傾けてくれて、嬉しかった。ありがとう。慣れてないのに」
ひらりと、はじめて手を振られた。
それは、無視したり振り切ったりする以外で彼と別れることに、私が慣れていないから。もういいよ、って気遣った上での挙動だと思った。
途端に、むず痒いような、痺れるような感覚が身体中に拡がる。