夢見るきみへ、愛を込めて。
「どうしてそんなに急いで来たの」
「どうしてって、昨日は逢えなかったから」
「……べつに、約束をしているわけじゃないんだし、」
「今日は逢いたかったんだよ。気付いたら0時回ってて、焦った」
暑い、と続けた彼は首もとまできっちり閉めていたスナップボタンを外し、ファー付きのフードを肩へ流す。私の心拍数は徐々に上がっていった。逢いたかったなんて言われたせいでもあるし、それを恥ずかしげもなく口にして、平然としている彼のせいでもある。
なんだか私ばっかり振り回されている気がして、考えるより先に口が動いた。
「もう帰る」
我ながら幼稚だと思ったけれど、目を見張った彼に眉間のシワを解くことはできなかった。
「嘘でしょ!? それはあんまりだっ」
「知らない」
「めちゃくちゃ急いで来たのに! こう見えて俺あんまり運動得意じゃなっ、」
喉がつかえたのかゲホゴホと咽た彼は、涙目をよこした。まだ息が上がっていたのに声を張るからそうなる。私のせいだけど。
「きみは、あれだね。俺に対して遠慮がないよね」
少し恨めしげな目に、何を今さらと思う。
「ストーカーに遠慮するわけないでしょう」
「んん……なるほど。まあ、そうなるか。いや、いいんだけどね、遠慮がなくても」
彼は軽く咳き込んだあと、瞳を据えてくる。まるで本当に帰るの?と聞かれているようで。
「じゃあ帰ります」
「わあ! 待って待って!」
慌てふためく様子が想像以上で、意図的だった私の頬は思わず緩んでしまった。
「からかってるな!?」
「バレましたか」
正直に認めると彼はぐっと言葉を詰まらせ、うなだれた。その時揺れた髪の毛が一部乱れていて、本当に急いで来たことが見て取れる。
ぴょんとハネた髪の毛。かわいい、なんて思ったわけではないけれど目を逸らした。
この人、なんで夜にしか現れないんだろう。0時を回るまで、いったい何をして過ごしているわけ?