夢見るきみへ、愛を込めて。
「……灯ちゃん」
慌ただしく鍵を開けて帰宅した私は、届いた声に息継ぐ間もなく、濡れたブーティを脱ぎ捨てる。
「今日も遅かったのね。おかえりなさい」
なぜかトイレのドアの前に立っていた小百合さんにぺこりと頭を下げ、通り過ぎる。
「あっ、……あの、」
蚊の鳴くような声に部屋へ入り損ねた。ドアを開けても続くはずの言葉が届かない。振り返ると小百合さんは微かに肩を揺らし、へらりと微笑んだ。
「おやすみなさい」
それがどれだけぎこちないものでも、呑み込んだ言葉の代わりだとしても、私の中に波紋は起こらない。
「おやすみなさい」
後ろ手でドアを閉めてすぐ、水の流れる音がした。「ママ?」と、不安げな声も聞こえたことで、ようやく小百合さんは夜中に目が覚めた娘のトイレに付き添っていたのだと理解する。
「灯ちゃん、ただいましたの?」
3歳らしく私の帰宅を確かめる、ユリカの高い声。
「うん……でも灯ちゃん、お勉強とお仕事でクタクタだから。シーよ」
小声で話し、忍び足で遠ざかっていくふたりは、寝室で再び川の字になって眠るんだろう。もしかしたら、夜更かしなんてものをしたのかもしれない。
想像して笑みがこぼれた私は着替えを持って、静かに風呂場へ足を進めた。