歌舞伎脚本 老いたる源氏

玉鬘4

源氏 申し訳ない。死なせた原因はこのわしじゃから、夕顔の
 ことを思うと今でもすまぬ、この通りじゃ。
(ト頭を下げて泣く)

玉鬘 なぜ母は私を残して死んでしまったんですか?
源氏 うううう。
玉鬘 泣いてもだめですよ。詳しく話してくださりませ。

源氏 すまぬ。こんな東屋に住んでいながらこのような素晴らしい
 機知に富んだ扇を手渡すとはこれぞ中品の極み、そう思ったわしは
 ひたすら通い詰めた。ところがこの東屋は隣の声が筒抜けじゃった。
 夫婦げんかの声やら、子供の泣き声。女房のぐち話。趣なんどあった
 もんじゃない。そこで。 

玉鬘 そこで?

源氏 こちらも身を明かさなかったが夕顔も身を明かさなかった。名も
 知らぬにしっとりと身を任せてくる。実に優美なお方じゃった。・・・
 そこで。盆の明け方、近くの荒れ果てた屋敷に二人こっそり忍び込んだ。
 誰にも邪魔されず二人は愛をむさぼった。一日中。

玉鬘 一日中?
源氏 ああ、一日中。その真夜中、急にはげしい幼子の泣き叫ぶ声に二人
 は飛び起きた。わしは夕顔を褥に残し慌ただしくあちこち見て回った。
 そして・・・・・。

玉鬘 戻ると母は死んでいた。
(源氏、肩を震わせ泣く)

玉鬘 母をとても愛しておられたのですね。
(玉鬘はそっと源氏ににじり寄りやさしく背中をさすりながら肩に打掛を
 かけてやります。源氏は泣きながら大きく何度もうなづきます)

源氏 それからすぐに惟光に命じて屍骸をわからぬように鳥辺野へ運び娘を
 乳母夫婦に任せて筑紫へと帰させた。侍女の右近はその時わしがあずかった。

玉鬘 筑紫では年頃になって強引に私に言い寄るものがおりまして命からがら
 京へ逃げてまいりました。まずは初瀬の観音様へ、そこで右近様と。  
< 12 / 33 >

この作品をシェア

pagetop