歌舞伎脚本 老いたる源氏

夕霧2

夕霧 今日こそは、はぐらかされませんよ。
源氏 葵上には悪いことをしたと思っている。お前にも。
夕霧 私にも?

源氏 ほとんどかまってやれなかったからの。
(源氏は空をにらみ意を決して語り始めます)

源氏 葵上とは幼馴染じゃった。いとこの内大臣の妹御で藤壺より
 少し下。柏木の叔母にあたるがの。わしが元服し臣下として源氏
 の姓を賜ったその日に夫婦になった。がしかし、もうその頃はわし
 の心は藤壺で一杯じゃった。そういえばお前と雲居の雁も幼馴染。

夕霧 乳母子でございました。
源氏 ほう、ばあやに預けっぱなしでその頃のことはよう憶えてお
 らんのじゃ。わしも何かと忙しくて、空蝉、夕顔、六条の御息所
 と。ほんとにすまぬ。(ト深々と頭を下げます)

夕霧 いやいや親父殿。私は感謝しておりますよ。
(源氏は頭をあげ見えぬ目で夕霧を見つめます)
源氏 感謝?

夕霧 ええとてもありがたく思っています。六位の官位と学問の厳命
 を受けた時は正直唖然といたしました。その後試験に次ぐ試験。
 他の者は遊びほうけていても官位は上がっていくのに。

源氏 つらかったか?
夕霧 ええ、つろうございました。
(互いに思い入れ。涙こらえて話は続きます)

夕霧 しかし今はその学問が身に染みて私の肥やしになっています。
源氏 ありがたいことを言うのう。できた息子じゃ。最後の試験も
 よう受かったなあ、あの難関を。して今は?

夕霧 近衛の大将でございます。
源氏 なんとそうか、よくでかした!

(ト父子は嬉しそうに笑い。お市も嬉しそうに酒を運び、惟光も
空を仰いで笑っています)
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