歌舞伎脚本 老いたる源氏

宇治2

柏木 それはあんまりな。打ち捨てられていた姫の御心を
 満たして差し上げたのですよ。
源氏 ふん、ならば出家などするものか。

柏木 そもそもあなたとの縁談が無理だったのです。四十才もの
 歳の差婚なんて、もってのほか。ぶつぶつ。
源氏 ぶつぶつ言うな!

(二人下界を見下ろして)
源氏 それみたことか薫も男よ。はじめから大君が目当てじゃった。
 俗聖も何もあったもんじゃない。むっつりスケベじゃ。

柏木 なんということを。周りもすべて円満になるようにとの慈悲の
 表れですよ。
源氏 大君にてこずったのが失敗じゃな。力ずくでもよかったに
 柏木のように。な?

柏木 姫の誇りを守るためです。
源氏 慈悲が臆病な女のわがままに負けたのじゃ。女も男も悪い。人は変わ
 れる。が、変わるには勇気がいる。意気地なしが人を不幸にするのじゃ。

〽 人里離れた山奥に。山奥に。
  ほう、そんなところに。
  みめ麗しき姫二人 いたら

  いたら。ひょっとしたら
  あるかもしれない 
  あるかもしれない  ふふふふふ。

(二人、下界を見下ろして)

源氏 なんという情けない匂う宮。私の孫ともあろうものが薫に頼んでおるわ。
柏木 いやいや宮様ともなると自由がききませぬ、あなたの時のようには。
 女たらしですね、うまいこと言って、匂う宮様は。

源氏 薫も薫じゃ、得意げに恩を売ろうとしている。あさましい心根じゃ。
柏木 根が優しいから心配りをしているのですよ。

源氏 そうかな?あ、それ見たことか。中の君への美人局(つつもたせ)
 なれば大君我がもとへ。ああなんというあさましさ。
柏木 申し訳ありませぬ。これが原因で大君は死の床へ着かれました。
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