歌舞伎脚本 老いたる源氏

第一幕 冷泉院2

お市 (しわがれ声で)朝掘りの筍で地中深くこの辺りで
 採れたもののようです。

(源氏は思わず顔をそむけます。やがて着替えも終わり、
お市は源氏の手を取って中央の床敷きに座らせます。お市、
湯気立つ若竹の膳を運んできます)

源氏 おお、この香りじゃ。この香りは花散る里。もしやそなたは?
 いやそれはあり得ない。その声と手にするソナタのカサカサの手。
 花散る里は風そよぐ笹の音。手指は春竹の肌のよう。出家してから
 は会えもせぬ。

(トお市はぷっと吹き出しおくどへ戻り、そこへ惟光が冷泉院と秋好
む中宮を案内して入ってきます。狩衣姿の冷泉院とえび染めの小袿、檜扇
を手に中宮とが入ってきて板間に腰かけ木履を脱ぎ床敷きににじり寄ります)

冷泉院 お勤めのところをまたお邪魔します。
中宮 よいお日和。ご機嫌麗しゅうございます、父上様。
(ト二人深々とお辞儀します)

源氏 姫、ようこられた。よい香りじゃ。
中宮 黒沈香にございます。
源氏 おおめっきり母御のようになられた。
中宮 薫の君をお預かりしてからもう5年になりまする。
源氏 紫の上が死んだときじゃったから。
中宮 もう9歳におなりです。
源氏 散々甘やかしておるのじゃろう。
中宮 ええ、ええ、もうすっかり甘やかにお育ていたしておりまする。
源氏 そんなことじゃろうと思っとった。

中宮 でもご心配はいりません。薫殿は父上と違っていたって真面目。
 おなごには目もくれず。学問ばかりなさっています。近頃は法華経
 にもいたく興味を示されて。
源氏 それは異なこと?
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