女三人集まれば
女三人
「世話好きのおばちゃんがさ、また話持ってきたんだよ。いい加減にしろって感じ。アタシはさ、まだ結婚したくないんだから」

静かなカフェには、綾の声はちょっと大き過ぎる。カフェ内に響く綾の話は、相変わらずだ。結婚したくない、といつも言う綾の言い方は、結婚についての主導権が自分の方にある言い方だ。
そりゃぁいないの当たり前でしょ、と言いたくなる言葉を呑み込み、綾の話に言葉を返す。

「なるほど、結婚もね、すればいいってもんじゃないしね」
「まぁねぇ、いい事ばかりじゃないしね」
できちゃった婚をした朋が相槌を打つ。

「朋はいいじゃない。子供も二十歳過ぎたことだし、あとは自分の事楽しめばいいじゃん。そこいくとアタシは、これからだし。子供産むこと考えたら、結婚しないとヤバいんだよね。子供は欲しいわけよ。だけど、なんていうのかな、旦那にしたい男がいないんだよね。健とかめちゃくちゃ愚図でさ、イラついたかわら別れたし。朋の旦那みたいにさ、イイ奴なら考えてもいいかなって思うよ」

「それどういう意味かな」
朋は、心中穏やかではないという顔をしながらも笑顔を作っている。

「どうもこうも、大した意味はないよ。子供できたから結婚するってイイ奴だと思うだけ。あっ、ちょっと待って」
カフェの椅子にサンダルを脱いだ足をのせ、煙草を吸っていた綾がスマホを手にする。

「はい。すいません。お返事してなくて。色々考えてお答えしますから、後程こちらからかけなおします」
私達と話している時の綾とは別人のような対応だ。
電話を切ると、綾は私達にだけ見せる顔をして話出す。

「はぁ、またおばちゃんだよ。見合いしろってうるさいったらありゃしない。いっそ、結婚してやろうかな。それでさ、子供作ってバイバイって離婚するっていうのもいいよね。うざい男はいらないけど、子供は確保ってとこで、これ、かなり理想的かも」

まるでそれが理想論であるかのようにして、綾は煙草の煙を吐き出す。鼻の穴がヒクヒクとする。それは、自分が正しいと主張したい時の綾の癖だ。

「いいかもね。欲しいものだけ手に入れるって感じで」
「そうそう、それ名案だよ。綾に向いてるかもよ」
心にもない適当な返事をする私と朋。

「結婚式は、やっぱオークラとかがいいかな。ウエディングドレスは、白がいいよね」

結婚はしたくない、と言っていたはずなのに、話が飛ぶ綾。綾の本心は、結局のところ、結婚したいのだ。ただ相手がいないだけのこと。自分がいかにも相手を選んでいるような口ぶりだけど、本当のところは、相手が綾を選ばないだけ。

「朋もさ、結婚式すればいいのに。ウエディングドレス着てみればいいのに」

結婚式を挙げていない朋は、また曖昧に笑いながら
「今更、ドレスもなにもないよ。子供に笑われる。もうそろそろ、帰ろうかな。5時になるし」
朋はくたびれたナイロン製のバッグを肩にかける。

「そうしようか、夕飯の支度しないと。これ、若いかな」
私は、買ったばかりのサマンサタバサを二人に見せる。朋は私のバッグにチラリと目をやり、その視線を綾の持つバッグに移動させる。ルイヴィトンの文字がうるさいくらい目に入ってくる。


「優には合ってるよ。そうか、夕飯ね。二人とも家庭持ちじゃ仕方ないか。アタシはもう少しフラフラしてこうかな」
「独身ていいね。夕飯の心配がないんだもん。羨ましいよ」
「本当、うちなんて食べ盛りが二人もいるからさ、食費も大変。節約レシピで頭痛いよ」
「優、また料理の腕前あげたんじゃないの。今度、食べに行くよ」

来なくていいから、なんて言わず。私は会話を切った。

「じゃぁ、またね」
「うん、またね」
「また、会おうよ」
カフェの前で解散すると、私の後ろから朋が追いかけてきた。

「私も駅まで行くから。子供がね、同棲してて。そこに寄ってくの」
「二十歳で同棲ね、悪くはないかもね。38で結婚しないよりいいかもね」
「ぷっ、それって綾のこと言ってるでしょう」
「そんなんじゃいけど。恋はした方がいいってことよ」
「優、変わらないな、高校生の時と全然変わらない。私が妊娠したって言ったとき、同じこと言ったよ」
「そうだっけ、忘れたよ」
「結婚しないよりいいって。その時私のお腹に手を当ててくれたじゃない」
「よく覚えてないや」
「ふふ、それも変わらないな。本当はちゃんと覚えてるくせに、覚えてないって言うの。変わらないな」
「朋も変わらないよ。可愛い声とその笑顔。制服着たらあの頃と同じだよ」
「それはもう無理。あの頃には戻れない」

ナイロンバッグに添えられた荒れた朋の手は、あの頃のように白くふくよかではなく、赤く荒れている。

「気持ちだけはあの頃のまま、って思いたかったけど。やっぱり、それは無理かもね」
私の言葉に、朋が黙って頷いた。
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