反比例の法則
巴香が座る筈だった隣りの席に座ったのである。
私が先程購入したポップコーンやジュースを手に、ニコニコと笑顔を振り撒いて。
すると、
「オナカ スイタネェ~」
「へ?」
私の視線を釘づけにする彼は、手にしたポップコーンを宙に放り投げ……パクッ。
「ウ~ン、オイシィ~!」
そして、間抜けにもポカンと見入っている私の口へと……。
「んっ!?」
一瞬の出来事に唖然としていると、彼は手にしているトレイを右手に持ち変え、左手で左側に座る私の身体をギュッと抱き締めた。
「キョウハ キテクレテ アリガトウ。ゴチソウサマ」
他の観客には聞こえないような甘い囁き声が耳元に届いた。
そして、再度ギュッと抱きしめて、彼は何事も無かったようにトレイを座席に置き、満面の笑顔でステージ脇へと姿を消した。
少し低めで優しい声音が耳元にリフレインし、甘過ぎず爽やかな香水の残り香に包まれる中……。
歓喜に沸く場内にドゥンッ、ドゥンッ、ドゥンッ、ドゥンッとテント外にいた時に聞こえて来た軽快な音楽が場内に響き渡る。
開演の合図らしい。
既に興奮状態にある客席は、ますますボルテージを上げて……。
『 Ladies and gentlemen ! Welcome to the Rainbow CIRCUS !! 』
アナウンスと共に暗闇に鎖されていたステージが一気にライトアップし、バンキンと呼ばれる体操とバレエを融合したアクロバット演技が始まった。