世にも奇妙な話
 俺は答えるだけなのだが、老人はまるで孫と話をするように会話を楽しもうとする。なんて楽しいのだろうか。

 信号は青に変わり、老人との話は歩き出しても止まらない。歩幅は老人に合わそうと努力している。曲がってくる車は止まっていた。話に夢中だった。いつの間にか渡り終えていた。

「どこまでですか」

「いえ、ここで大丈夫です。ありがとうね」

 その言葉は、なぜか俺の心をむずむずさせた。

「いや、行き先まで送りますよ」

 何言ってんだか。ここからどれくらい先のことだか分からないのに、何でこんなことを言ったのか。しかし確証はあった。そんなに遠くはないと。それは老人だからだ。こんな重い荷物を持って、どこに行くのだろうか。

「いえ、大丈夫ですよ」

「いや、すぐそこでしょ。最後までやらしてください」

「じゃ、お言葉に甘えようかね」

「どこの家ですか」

 なるべく近いことを祈った。さすがにここから二時間も歩くような距離は嫌だ。せいぜい三十分が妥当だろう。

「すぐそこなので、また、お願いします」

「はい、分かりました」

 俺たちはまた実らない話を弾ませながら、その家へ向かった。思ったより進むのが遅く、自転車で四十五秒、歩きでは三分ほどで行けそうな所を、わざわざ十分かけて、その家まで会話をしながら向かった。

 そして家の前まで着いた。

「ありがとね。今日は楽しかったよ」

「いえ、構わないで下さい。大丈夫ですから。あ、運びますよ。玄関前まで」

 俺は老人の荷物を持って、その玄関先まで運んだ。

「本当にありがとうね。おかげで助かりました」

 老人は繰り返し、頭を深々と下げた。

 俺は自転車にまたがり、老人に軽い会釈をしてから風のように去った。

 またあの交差点に戻ってくると、寂しかった。無性に寂しかった。心に生えている枝先の葉っぱが風に根こそぎ持っていかれたようだった。
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