世にも奇妙な話
 心が完全にはげている状態で、何かを求めていた。また何かをしたいなどと。以前の自分にはなかった、新しい自分を見つけたのではない。以前からあったはずなのだが、俺はその自分を見ようともしていなかった。目を伏せていたのだった。

 嫌なことから目を背けたり、伏せたり、たったそんなことで橋を渡ろうとしていた以前の俺が恥ずかしくて、腹立たしかった。

 信号が青になり、首をひねり、大きく一呼吸を置いてから、ペダルを踏んだ。

「…あれ?」

 信号を渡り終えたところ、道に何か落ちているのに気付いた。落し物だ。どうやら男の子のものらしい。明らかに子供しか持たないようなものだ。

 まあ、近いので送り届けてあげよう。

 俺は点滅している青信号を急いで渡った。

「ケーンくーん。ケーンくーん」

 女は大声で、その単語を繰り返して歩いていた。

 俺はすぐにピンと気付いた。それはあの男の子の母親だろうという推測だ。俺は違ってもいいと思い、その母親らしき人に言った。

「すいません。さっき、男の子を交番に連れて行ったんですが…」

「…え、そうですか。ありがとうございます」

 やや無愛想な感じで、女はぶっきらぼうに言った。そして立ち去ろうとした。

「すいません。あの、多分、これ、男の子が落としたものではないかと思うのですが、一緒に持って行ってもらってもいいでしょうか」

 女の手にその落し物を渡すと、女はそれを凝視し、確かにこれはケン君のだと言った。

「ありがとうございます」

 若い女はそれだけを言い残して、さっさと行ってしまった。

 人は人でも、同種だが、一人一人がオリジナルだ。顔も違うし、体つきも違うし、髪の薄さも違うし、感性も違う。境遇も違うなら、住んでいる環境も違う。生まれてくる時代や時間も違う。いい例として、若い女と先ほどの老人を比べると、明らかに礼儀が違う。それは一目瞭然だ。

 俺はまた、青信号に変わるのを待っていた。俺はいつもより、より一層疲れを感じていた。このまま眠りたいと思っていた。

 何の車も通っていない。

 どうせなら渡ってしまおうとも思っていた。

「疲れたな…」
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