世にも奇妙な話
「何をおっしゃる。殿は主である。どんな時であろうが、常に健全な態度をみせなくてはならない。高祖劉邦もまたそうだ。高祖は矢を射られながらも、軍の崩壊を防ぐため、軍中を回ったそうだ。そうならなくては誰もついて来なくなるぞ」

 義成様と景虎の会話だった。景虎は義成様の幼馴染であった。どうやら、深刻な話のようだということは分かった。

「しかし、朝比奈家と長狭家は我らと停戦中の安房家に煽られ、我が家を明日の昼、攻め入るそうだ。それがなぜ危機を感じないのか」

「我が家は旗を揚げた時から、天下を手中に収めようと誓い合った。その時から、名を天下に轟かせようと。だがなぜだ。我々は足跡さえもつけられず、終わるのか」

「同盟国の平群家に要請を求めた。それが来るかどうか…」

「何を弱気にある。我らを攻め入るのは平群家ではない。敵国ではないか。味方は来る。今は祈るほかなかろう。そして鋭気を養うことしかなかろう」

「だが、我が家の軍も手勢は少なく、二国は合わせて我が家の三倍という。平群家と合わせても、まだ足りぬ」

「しかし我が軍には最勝なる兵と、何をも切る鋭利な武器と、他を圧倒の気がある。そして統率に優れた殿もいる。他に天下以外はいらないだろう。殿は天下を獲るために生まれてきた存在だ。その運命を捨てる覚悟があるのはおかしい。ここはやる時だ。決断を」

 しばらく沈黙にあった。若はその話を、冷たい板の上で聞いていた。二人の話はどうなるのか。部屋のろうそくの灯火はゆらゆらと揺れている。

「…よし」

 義成様は立ち上がり、ふすまに近づくと、開けた。
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