世にも奇妙な話
「どうしたのか」

「いや…なんでもない」

 義成様はふすまを閉じて、また部屋の中に戻った。

 若は早急に部屋に戻り、布団の中にもぐった。そして寝付くことは、なかなかできなかった。明日どうなるのか。若はそれだけを考えていた。

 明朝早くから、若は起きた。スズメのさえずりで起きたのだ。知らずのうちに寝ていたようだ。

 若は起きて、木刀を持って、外でそれを振った。一心に、目の前に描いた敵を斬り続けていた。ただ空気を切っているだけなのに、若は無心に斬り続けた。しかしこみ上げてくる涙には勝てない。若は泣きながら、振り続けた。

「若様。何をやっているので」

 若はお月に呼び止められるまで、小一時間ほど振っていた。裸足であったので、すっかり足の裏は土色に変わっていた。手にはいくつものマメがつぶれていた。

 若は木刀を落とし、やっと痛みを感じ始めていた。お月の名を呼び、お月に泣きじゃくる。

「お月…我は…我が家は…」

「大丈夫ですよ…大丈夫です…」

 お月は分かっていた。昨日、景虎の弟である景光は兄との巡察をいち早く抜け、家に戻って、ただその時ばったりお月と会って、景光から話を聞いていた。後で臣下に知らされる出来事であったが、若には知らすなと言われていた。

 お月は優しく若を包み込み、そして体で、ぎゅっと抱きしめた。

 今、若には母親がいない。病床にいるのがほとんどの人生で、若を産んで、そしてすぐに死んだ。教育係として任命されたのがお月で、さらに乳母でもあった。親近感が違う。若と一番長くいたのは、お月であった。

 時は変わり、ついに運命の昼になった。太陽が一番高くなったなと若は太陽を見上げると、角笛が鳴り響いた。ついに始まったのだ。どちらが優勢なのか、この屋敷の中ではまったく分からない。

 戦に出かける前、義成様は言った。

「無益な戦などない。これは、我が家の名を世に轟かせるための戦じゃ。そして、我らは勝つ。行くぞ」

 若はそれに割って言った。

「父上。戻りますよね」

 しかし義成様の返事はなかった。義成様は殿下の宝刀を持って、出陣した。

 戦はどうなっているのだろうか。若は部屋で刀を握り締めたまま待っていた。そして二時間ほど経って、義成様らは帰ってきた。
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