世にも奇妙な話
 表に出てみると、義成様の腹部には一本、肩にもう一本の矢が刺さっていた。うめき声を上げながら、景光と勝頼は馬上から義成様をゆっくり降ろした。呼びかけたが、返事はない。

 義成様は部屋に移され、寝かされた。

「…現在の…戦況は…」

 うめき声を上げながら、義成様は言う。

「現在、景虎様が前線で指揮をしていますが、後退しつつあります。兵力は
未だに平群家の援軍を待機しております」

「そうか…」

 義成様は苦しみにあえいでいた。

「勝頼、戦場に戻り、屋敷に残る別働隊を編成し率いて、背を攻めろ。将は…捕らえろ」

「御意」

 勝頼は出て行く。そして義成様は続けた。

「…わしはもう…この身じゃ…きっとそう長くはないだろう…だが、この宝刀は、お前に授ける…」

 そう言うと、義成様は若に宝刀を渡した。

「父上…」

「泣くな。景光。お前は…我が愚息を…守れ」

「御意」

「それと…景虎には…悪いと…つた…え…」

 義成様は、ふと不自然に言葉を止めた。

「父上…?」

 義成様は死んだ。若はそのことに気が付くのには時間がかかった。

「父上、父上…」

 義成様にしがみつく若に対し、お月は若をスッと離した。そして若の頬を叩く。お月もまた、泣いていた。無言で、ただ叩いた。若はその意味が何なのか分かっていた。

 そして火線はすぐそこまで来ていた。ここから煙が見えていた。高く立ち昇る煙を見て、こんなときにも風流に感じていた。

「敵襲」

 景光の声が聞こえた。若には分からなかったが、実は安房家が攻め入ったのだ。名声落ち覚悟で、安房家は攻め入ってきた。確か、屋敷の兵を勝頼は編成したわけだから、今攻められると、滅亡確定だ。

 部屋に入ってきた景光は言った。
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