世にも奇妙な話
「どうか、若様は裏からお逃げ下さい。ここは私が食い止めます。お月、頼むぞ」

「いや、我も戦うぞ」

「…お月、早く」

「若様、行きましょう」

「いや、父上の敵だ。我も戦うぞ」

 そう言いながらも、お月に抱きかかえられて、女中を連れて裏から逃げた。若はまだ喚き騒いでいた。林道を通り、浜辺に出た。

「なぜ連れてきた」

 若が振り向き、お月に言うと、男の声が聞こえた。大きな掛け声だった。屋敷は落ちたようだ。

 若は膝から崩れ落ちた。お月も分かって、若と共にその場に座り込んだ。しばらくそのまま放心状態だったが、若は我に返ると、立ち上がり、こう言った。

「…我が家の人間は切腹し、自害するものはあっても、敵に降伏する者はおらん。ならば我が身、この海に沈めよ」

 お月はその一言に驚き、若を見た。

「ですが…」

「早く、せよ」

 女中は若に岩を結びつけた。お月はそのことに賛同できなかった。そして船を出し、沖まで出た。

「ここでいいだろう…後は好きにしろ…」

 すると、若はあることに気付いた。

「それは…」

「夢中で…持ってきてしまいました…貴重品だと思ったので…」

 昨日の貝合せの貝殻だった。

「こんなの…捨ててしまえ」

 若は箱を持ち上げ、ひっくり返した。貝殻は浮いていたが、波は荒れ始めていた。

「これでいいだろう…では、達者でな。また会おう。父上の誇りと共に、いざ、散らん」

 若は海をしばらく眺めると、背中に矢を射られたようにして海に倒れこんだ。そして大きな水しぶきを上げて、若の体は沈む、沈む、沈み、沈む…。

「若…さま」
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