聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
リュティアはぼんやりと、そちらを見つめる。魂が抜けたようにそちらを見つめる。まばたきも忘れて見つめる。

すぐそばのラミアードの顔に喜色が浮かぶのを、視界は確かにとらえていたはずなのに、リュティアには見えていなかった。

ただその人影だけが、見える唯一のものだった。

ほどなくしてすべての樋嘴が大地にその躯を横たえることとなった。

「はは、どうやら、真打ちは最後に登場するものらしい」

ラミアードがそう言って人影の方へ駆け出した。

「カイ――――!!」

『リュー、愛している。ずっと、ずっと前からお前を、お前だけを愛している。たとえこの想いが許されないものでも……それでも構わない。愛しているんだ』

―カイ…。

逆光を受け、その人の髪の端が茶色に輝く。

弓を下ろしたその人の腕がたくましいことを、リュティアは知っている。

その胸があたたかいことを、リュティアは知っている。

知っている…。

「陛下、よかった、間に合いましたね」

「おかえりカイ! 助かったよ」

その人の声だけが、リュティアの耳に届く。

『私がお前を、花嫁にする』

その人の今の声、過去の声に、きらきらとした記憶のかけらがまわりだす。小さなオルゴールがゆっくりとまわりだすように。数々の笑顔と数々の言葉が奏でる音色がリュティアの心に響き渡り、染みわたる。するとそれが起爆剤のようになり、激しい感情がこみあげてくる。

先ほどはこらえたこのこみあげてくるものを、リュティアはもう、こらえることができなかった。
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