聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
カイはその時ラミアードの背後に愛しい少女の姿をみつけた。

その瞬間どっと押し寄せてきたのは、安堵感だった。アクスを信じてはいたものの、自分の目で確かめるまでは不安は消えなかったのだ。

―リューは無事だ…。

全身から力が抜けるような感覚をおぼえながらカイの足は引き寄せられるようにリュティアのもとへ向かう。

「リュー、よかった、無事で―――」

言葉を尽くしていかに心配したか言おうとして、カイは絶句した。

近づいたリュティアが…泣いていることに気付いたからだ。

透明な涙があとからあとからその白い頬を伝っては、空にきれいに散っていく。

二人は言葉もなく見つめ合った。

この時世界は二人のために切り取られ、空気の一粒一粒までもが淡く光放った。二人を包むえもいわれぬこの空気をどう表現できるだろう。それは切なく、確かに甘いものをはらんでいた。

「カイ―――――…」

そう言ったきり、言葉にならずに、リュティアはしゃくりあげた。

リュティアの中を嵐のような感情が駆け巡っていて、何からどう言葉にしていいのかわからなかった。

―どこに行っていた…!

―どうして助けに来てくれなかった…!

―どうしてそばにいてくれなかった…!

―どうして――

リュティアはカイを見つめる。

渇望したぬくもりが目の前にある。そのあたたかさを知っている。知っているのに、届かない。カイは立ち尽くしている。―どうして。

―どうして抱き締めてくれない…! あの夜のように抱き締めてくれない…!

抱き締めてほしい、それがリュティアの中を荒れ狂う一番激しい感情だった。それはリュティアが今までに感じたことのないような激しい感情だった。

リュティアはそれを完全にもてあまし、たまらずに、顔を覆って泣いた。

もしもこの時カイが抱き締めてくれていたら―少しでも触れてくれていたら―、リュティアはその胸にすがり、自分の想いをひとつひとつ口にしていただろう。ありのままに。

カイとて抱き締めたかったのだ。どんなに抱き締めたかったことか。リュティアの体のぬくもりとやわらかさを知っているから余計に、激しい衝動を感じていた。抱き締め、その涙をぬぐってやりたかった。

しかし――。

しかし〈光の人〉はライトなのだ。

運命の恋人ライトが命を賭けて愛する少女に、自分が触れる資格を持つのか自信が持てなかった。だからカイは、伸ばしかけた手を止めたのだった。

なんて乙女心に疎い男だと、ラミアードが呆れて肩をすくめている。

カイは涙する愛しい少女に何もできぬ自分に打ちのめされながら、木偶(でく)の坊のようにその場に立ち尽くした…。
< 101 / 172 >

この作品をシェア

pagetop