聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
「女王陛下、どうかなさいましたか」

振り返ったのはカイではなかった。顔見知りの護衛官の一人だった。

「あの…カイは? 今日、不寝番はカイですよね?」

「ああ、カイなら、先ほど休憩のため自分と交代しました。何か用事が? 自分でよければ申し伝えますが」

「いえ、その…あの、眠れないので、ちょっと夜風にあたってきますね。すぐ、戻りますから」

護衛官が何か言う前に、リュティアはさらりと身を翻して歩きだした。

リュティアはカイを探すつもりだった。

どうしても伝えたい。今、伝えたいのだ。

会えない間どんなに心細かったかを、どんなに抱き締めてほしいかを。

伝えて…もしもカイが触れてくれたらと考えるだけで、体が熱い。

消えない虹が夜闇に映える美しい夜だった。

リュティアはどう伝えようかと胸を高鳴らせながら天幕の間を縫って歩いた。

星の光が今のリュティアにはあたたかく熱を持ったものに感じられる。

風の中に春の匂いがした。常春のフローテュリアでは、野桜の匂いが春を知らせる。もうすぐ野桜の蕾が顔を出すだろう。

春が、近いのだ。

「私はいまだに悩んでいるよ」

不意に茂みの向こうからよく知った声が聞こえてきた。

ラミアードの声だ。
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