聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
外側の天幕の入口をくぐり、通路を歩いてリュティアのいる天幕の前へと立つ。

できるだけ穏やかに起こしたくて、カイは声をかける前に声色をあれこれ頭の中で考えた。

この時さっさと声をかけてしまえばよかったのだ。そうすれば二人は少なくとも何かしら言葉をかわすことができた。これがカイの逃した一度目のチャンスだった。

カイはすぐに声をかけなかった。だからその時天幕の中からもれる泣き声を聞いてしまった。

紛れもなくリュティアの泣き声だ。

―リュー?

天幕の入口の布は少し持ち上がっており、中が見えた。

カイは瞠目した。

リュティアが天幕の隅で膝を抱えて泣いていた。

―なぜ?

放っておけるはずがなかった。

だからカイは声をかけようとしたのだ。だがこの二度目のチャンスも、カイはみすみす逃すことになる。

それは泣き伏すリュティアの傍らに、あるものをみつけたからだった。

それは漆黒のマントだった。

カイの直感がささやく。あれはリュティアの持ち物ではないと。

あれはライトのマントではないのかと。

こんな直感ならばないほうがましだった。だがカイの直感は確かに当たっていた。それはライトがリュティアに与えたマントだったのだ。

カイにはリュティアが、ライトのマントを見て泣き伏しているように見えた。それはまったくの偶然にすぎなかったが、カイには確かにそう見えてしまったのだ。

―リューが、ライトを想って、泣いている――。

その事実は、カイのすべての決意を打ち砕くに十分だった。

ライトがリューを好きなだけでは、ない。リューもライトを、好きなのだ。

二人は想い合っている。

二人はやはり、運命の恋人同士なのだ…。

カイは何も言えずに、踵を返した…。

互いへの、確かに心の奥底から湧き上がってくる想いが、二人にはあるというのに、どうしようもなくすれちがってしまったのだった。
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