聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
この城は暗くて、寒くて、孤独だとリュティアは感じた。ところどころの部屋で赤々と燃える暖炉の火だけが、暗さに、寒さに、孤独に、必死で抗っている。

リュティアは知るはずもないが、気配を殺しながら城内をひた走るリュティアの姿は俯瞰(ふかん)すれば、漆黒の城に咲いた一輪の桜色の花のように見えた。

それだけが唯一の優しさをイメージさせるものだった。

ほかにこの城に優しさは皆無だった。

壁に絵のひとつも飾られず、花瓶ひとつ見当たらないこんな城を、リュティアは生まれて初めて目にした。

より靴音を消すため、絹を張った室内靴は走りながらとっくに脱ぎ捨てていた。

城内はどこも不気味なほどに静まり返っている。自分の早鐘を打つ鼓動と抑えた呼吸の音だけが聞こえる。

窓の外を確認したところ外は妖しい月夜で、リュティアがとらえられていた作業部屋はどうやら城の一階にあたる場所だったようだった。

今リュティアは自分の研ぎ澄ました感覚を頼りに聖具のありかを城の上層部と見定め、ひたすらに上を目指して階段を探している。

途中武器になりそうなものはいくらでもあったが、リュティアは武器を持つことなど考えもしなかった。そんな発想がなかった。

たとえ身を守るためであろうと、何者かを傷つけるために武器を持つ、そんな考えはリュティアのどこを押しても浮かばないのだった。
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