聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
第六章 こぼれない涙 こぼれる涙

時は少々遡る。

「さて、困ったな」

暗い部屋でパールはひとりごちたが、その声はつらっとしていて全然困ったようには聞こえない。

「とりあえず僕を殺す気はないようなんだけど」

言いながら、黒光りにする鋼鉄の床に転がされたかたそうなパンをみつめる。

パールは今、縄で両手両足をがんじがらめにされ暗い部屋に転がされている。

一月前、自室にいるところを三つ頭の怪物に急襲され、さらわれてしまったのである。それ以来この部屋でずっと拘束されてはいるが、どういう意図なのか三度の食事はこうしてきちんと運ばれてきていた。

このパンは今朝のものだ。それがなんであれ食べものであればがっつくパールが昼に近いこの時刻にまだこのパンに手をつけていないのには理由があった。

それは――

「僕は攻撃タイプの技は使えないんだよね。だ、か、ら――――よっと、そろそろ…うん、オーケー!」

ぱらりと、パールの両腕を拘束していた縄がほどけて落ちた。

爪で一月かけて地道に、縄を切ったのだ。

パールは目の前で両手を閉じたり開いたりして手の動きを確認したあと、すぐさま足の縄もほどき、嬉しそうにパンに手を伸ばした。

―そう、もうすぐ縄が切れるのがわかっていたから、その時を待って食事しようと思っていたのである。

パールは久しぶりに自由になった両手で大きなパンをむんずとつかむと、あんぐりと大口開けて一口で平らげた。

「う~ん、足りない」
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