聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
ろうそくの燭台の灯りが薄ぼんやりと照らしだす黒い廊下をリュティアは走っていた。

ろうそくの灯りでは到底祓えない、今にも黒い触手を伸ばして襲いかかって来そうな不気味な暗闇があたりにたちこめている。

どうしてこの城はフローテュリア王城と比べてこんなに暗くて天井が低いのだろう。息が詰まるようだ。

そんな些細なことで挫けそうになる心をリュティアは必死に叱咤する。

不意に彼女の進行方向の廊下の突き当たりに長い影が差し、リュティアは慌てて近くの装飾甲冑の影に身を隠した。

―こっちに来る…!

足音が近づく。

大きな体の獣人の魔月が一体、どしどしとリュティアの目の前を横切っていく。

―大丈夫、気付かれていない。

聖具虹の指輪のおかげで、魔月たちに自分の居場所は悟られていないはずだ。そうわかっていても、冷や汗が胸間を滑り落ちる。魔月と十分に距離があいたところでリュティアはそろそろと甲冑の影から出て、廊下を再びひた走った。

フローテュリア王城と比べると、建築様式の違いのためか、この城は迷路のように入り組んでいるようにリュティアには思えた。だから自分の正確な場所などわからない。感覚だけを頼りに突き当りを…右に折れる。

するとリュティアの前に探し求めていた階段が現れた。

瞳に喜色を浮かべてリュティアは階段に突進した。運が良ければこれで一気に上層部に行ける。

階段を駆け上がり、二階へ至る踊り場を通過したところで、足音が聞こえてきた。それも、かなり近い。リュティアは足を止め身を固くする。
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