聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
「泣いたり、しないの。そんなに、弱くないのよ」

フレイアの弱々しく伏せた瞳が、グミの実を受け取ろうと伸ばした自分の左手の薬指に、指輪をみつける。

きらきらとオレンジ色に夕日を照り返す、ダイヤの婚約指輪…。

『―――お前は弱い』

あの日、そうちょうど今のように夕日が沈みゆく黄昏の植物園で、ザイドはそう言った。

『なんですって?』

ザイドの言葉に、ひどく腹を立てて彼を睨みつけたのを覚えている。

『強そうにしているが、どこか脆いところがある。危なっかしくて、放っておけない。だから――』

ザイドがあまりにも真剣な表情をするから、フレイアは睨むのも忘れて胸がどきどきしはじめていた。

『俺が一生、お前を守る。剣に誓って』

ザイドは首もとで十字を切った。それはこの国で剣の誓いと呼ばれるもの。十字を剣に見立てて、絶対にその約束を違えないと誓約する印。

『受け取ってくれるか』

彼の手から差し出された指輪は、夕日を受けてオレンジ色に輝いていた…。

あの日とまったく同じきらめきに、フレイアはこぶしを握り締める。

やっと、想いが通じ合ったばかりなのだ。

二人の仲が進展するのには、本当に長い時間がかかった。

生まれた時から婚約者だったけれど、二人は喧嘩ばかりしていた。とっくみあいの大喧嘩などしょっちゅうだった。じゃれあう子犬のように育つうちいつの間にか育っていた恋心に気づかせてくれたのは、ザイドだった。

ある日の喧嘩で『お仕置きだ』と口づけされた。フレイアは混乱して問い詰めた。

『あれは…なんなのよっ!』

『何って…俺はお前のことが好きなんだよ! 悪いか!』

『悪く…ない…』

フレイアは告白されてはじめて、自分の気持ちに気が付いた。

『ザイド…私もあんたのことが、好きみたいだわ…』

なぜだか涙が出た。長い長い間探し続けていたものをやっとみつけたような気持ちだった。

『なんだなんだ、泣き虫』

『うるさいっ』
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