聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
リュリエルはレトによりアンジェラスに連れ戻され塔の最上階に幽閉されていたが、片時もヴィルトゥスを想わない時はなかった。彼を想う気持ちがあったから、たびたびやってくるレトの暴力にもなんとか耐えることができた。

囚われのリュリエルの気持ちを慰撫してくれるのは、どこからか聞こえてくる竪琴の音色だった。レトいわく、ナッシュがリュリエルのためだけに、自らも囚われの身となったのだという。しかしレトがナッシュに会わせてくれることはなかった。

ナッシュのこともそうだが、何より…レトに斬られたヴィルトゥスは無事だろうか。無事であってほしい。そう願い続けて一か月、バルコニーにヴィルトゥスが現れたとき、リュリエルは激しい感情の起伏を味わった。

まず安堵した。

ヴィルトゥスが生きていた。そのことだけで脱力するほど安堵した。けれどすぐに彼の背からしたたる鮮血に気づき、彼の顔色の悪さに気づき、青ざめた。そして最後に、彼が絶対にここに来てはならない人物だったことに気が付き愕然とした。

彼は森を離れてしまったのだ。

自分を助けるために!

『ヴィルトゥス様、すぐお戻りください。私のことはいいのです。使命が――』

『いやだ』

ヴィルトゥスがこんなに声を荒げるのを、リュリエルははじめて聞いた。

『俺は使命より、大事なものを、みつけたんだ。俺は、お前を――』

運命とは惨いものだ。

ヴィルトゥスは何かとても大切なことを言おうとしていたのに、それはきっとあの別れの日言いかけていたことであったはずなのに、リュリエルはまたしてもそれを聞くことができなかった。
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