聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
リュティアはこの時気が付いてしまった。自分の中の欲望に。

触れられたい。それだけではなかった。もっと求めているのだ。

あの時かわせなかった口づけを…。

少しでもいい、触れられたい、その願いすらもう叶わないというのに、欲望はどんどん膨らんでいくのだ。

兄にこんなことを求めるのはおかしい、わかっていても止められない想いで、リュティアはどうにかなってしまいそうだった。

リュティアの切なる願いが通じたのだろうか。この時カイも、激しい衝動を感じていた。

このまま唇を奪ってしまいたいと思ったのだ。

―そうしたらリュティアを止められるかもしれない。この衝動のままに、唇を奪うのだ。あの時のライトよりも激しく…。

カイの胸が静かに高鳴りはじめる。

今触れたら。少しでも触れたら、自分はそうしてしまうだろう。

向かい合う二人の間を、楽園の風がゆきすぎていく。

二人を囲むルクリアの花はすでにほとんどが散り、葉も枯れ始めている。

冬の花の終わり。それは春の訪れを意味する。

春が、来るのだ。

本当に…春は来るのだろうか。

「リュー、私は…」

カイはゆっくりと手を伸ばす。

リュティアの白い頤(おとがい)をとらえるために。

「私は、お前を……」

この時、二人が口づけを交わせていたら、きっとすべては違っていただろう。

けたたましい足音とともに兵が駆け寄ってこなかったら――

空に複数の黒い影が現れなかったら――

そんな仮定はむなしいのだろう。現実は容赦なく、二人の空気を引き裂いたのだから。

「女王陛下! 女王陛下! 敵襲です! 空、陸、両方におびただしい魔月の群れが現れました! 先頭に魔月王“猛き竜(グラン・ヴァイツ)”の姿あり!」


漆黒のマントが翻り、鋭い漆黒のまなざしがフローテュリアを映す。

ライトが魔月軍を率いてここへ来たのは闇神のお告げで〈光の道〉の存在について知ったからではなかった。

ひとつの答えを見出したからだった。

「俺を殺せるのは、お前だけだ―――聖乙女(リル・ファーレ)」
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