聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
「俺を…憎んだか」

長い夜だった。

押し寄せてきたライト率いる魔月の大群にフローテュリア軍はよく抗った。〈光の道〉に近づけさせまいと一晩中全力で戦った。今も、戦っている。けれどその力は一歩及ばなかったようだ。

ライトは今ここにいるのだから―〈光の道〉にたたずむ聖乙女の目の前に。

「…いいえ」

白々と明け行く空の下、一日の最初の光を身に帯びた彼女はたとえようもなく美しい。抱きしめてしまいたいとライトは思う。抱きしめて、あの日のように口づけできたらどんなにいいだろう。

「このマントを、お返しします」

聖乙女が差し出したのは、いつかライトが与えたマントだった。

ライトはそれに一瞥も与えず短く言った。

「いらない」

「でも」

「お前が持っていろ…」

ライトはリュティアの頭を乱暴に、押さえつけるようにして撫でた。それは二度目に会った時と同じ仕草…。そのぬくもりに一瞬、ライトは何もかも忘れて…だがすぐに、力を込めて突き放す。

二人が交わせる、最後の、ぎりぎりの、優しい時間が終わろうとしていた。

「わかりました…」

聖乙女は手にしたマントを目の前で身に着けた。

ライトはそれが切なかった。彼女を包むマントが、言えない気持ち、本当の気持ちのかわりのようで切なかった。

ライトを見上げる聖乙女の瞳はただ哀しみを宿しているように見える。

「もう、泣かないのか」

「泣きません」

「…そうか」

自分は、泣いてほしかったのかもしれない。きっと泣いてほしかったのだろう。…彼女の涙は美しいから。

ライトが惜しむように瞬いたとき―

優しい時間は、終わった。
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