聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
リュティアはすでに逃れようのない死という運命を前にして、その疑問にぼんやりと意識をとらわれていたから、自分にのしかかっていた獣たちが次々とうめき声をあげて倒れ始めたことに最初気がつかなかった。

生暖かい血しぶきが頬を濡らして初めて、意識が現実に引き戻された。

自分の血ではない。そのことに気付いたのだ。

はっと顔を上げると、銀の剣の軌跡が視界を切り裂いた。

リュティアの目の前で、獣の体がまっぷたつになった。間髪入れずに隣の獣が串刺しにされ、血しぶきをあげて倒れる。そのあまりの凄惨さにリュティアは気を失いそうになった。

仲間の運命を目の当たりにして、群がっていた獣たちが一斉に逃げ散り始めた。それで視界が開けて、リュティアは銀の剣の持ち主の姿を目にすることになった。

妖しい銀の月明かりの夜。

鮮血の滴る剣を手に、静かに銀色を帯びて佇む漆黒の人影。

それは紛れもなくあのライトであった。

リュティアの瞳はまばたきを忘れた。

唇が勝手に何かを言おうとしたが、何を言おうとしたのか自分でもわからなかった。だがなぜか恐怖を感じた。
はっきりと恐怖を感じた。

ライトは頬の返り血をぬぐおうともしないまま、荒々しい歩調で岩の上に置かれた聖具のもとへ歩み寄った。

そして剣を振り上げると、――

虹の額飾りに、容赦なく振り下ろした。

ガシャンと音を立てて、額飾りが粉々になるのを、リュティアの瞳はすべてが緩慢になったように、とらえる。

粉々になったのは額飾りだけではなかった。リュティアの心の中にともっていたわずかな希望の光まで、音を立てて粉々になった。

―やめて…。

声は出なかった。しかしたとえ声が出ていたとしても、きっとライトを止めることはできなかっただろう。

ライトはそれほど激しく荒々しい感情を身にまとっていた。

荒々しい、獲物を狙う獅子のような気配を身にまとっていた。

だからだ。だからリュティアは恐怖を感じたのだ。

ライトは虹の錫杖に手を伸ばした。

―お願いやめて…。

リュティアの願いもむなしくライトは錫杖をぼきりとふたつに折った。それだけでは足らないとばかりにライトがぐっと両腕に力をこめると、錫杖はすべて粉々になって雪の上にぱらぱらと落ちた。

歩み寄ってきたライトがリュティアの左手に手を伸ばした時、ああ、とため息のような声がリュティアの口から洩れた。

パリンと澄んだ音、それだけでもうわかってしまう。

最後の希望聖具虹の指輪も、ライトの手によって粉々になったのだと…。
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