聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
ライトがおもむろにリュティアに向かって剣を振り上げた時、リュティアは殺される、と思った。

助けてくれたとはとても思えなかった。ただ殺すために助けたのだと思った。

それほどにライトは怖い顔をしていた。

いつかのあの日振り下ろされた白刃が脳裏に蘇る。

いつかのあの日無理やりに重ねられた唇の感触が蘇る。

相反するふたつの記憶にリュティアは苛まれる。

渾身の力のこもった銀の剣が、振り下ろされる…!

しかし想像したような激痛は訪れなかった。

剣はリュティアの腕を拘束していた鎖を見事に断ち切っていた。ライトは続けて剣を閃かせ、リュティアのすべての戒めを解いた。

自由になった体を呆然と眺めるリュティアに、ライトは無言で自分の漆黒のマントを着せかけた。

―なぜ……

リュティアはぼんやりと思う。先ほど魔月たちに襲われた時に衣服が破け、胸元がわずかにあらわになっていたからだ、と答えが返る。

ちがう、そんなことではないとすぐに頭の中で声が叫ぶ。ライトはなぜ……

冷えきった体にライトの体温で暖められたマントがあたたかい。

それがリュティアをとまどわせる。

「ライト様……なぜです…なぜ助けてくださるのです…?」

囁くようなリュティアの質問に、ライトは答えなかった。

彼はわずかにうつむいているので、月明かりの加減で表情が読み取れない。
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