聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~

冷たい雨が降り続いている。

雨が濡らす物言わぬ墓石の群れの中のひとつに、竹傘がゆっくりと近づく。

竹傘から肩がはみでて、雨に濡れている。かなりの大柄だ。これほどの大柄な男はアクスしかいるまい。

墓石には死者の名前が刻まれている。アクスは先祖の名前に目を走らせたが、どうしても真新しいものに目がいった。“ダーノ”―アクスの父の名だ。昨年病気で亡くなったと聞いている。そして一番新しい名前……

“サーレマー、ここに眠る”…。

アクスは竹傘の柄を首で挟むと、懐から餅を取り出し墓前に捧げた。

ハナの息子、異母兄弟のサーレマーはこの、胡桃とあんを一緒に包んだ餅が大好きだった。

ましてやこれはアクスの手作りだ。

アクスの家―すなわちサーレマーの家―は代々餅屋であったから、餅の作り方はもちろん知っていたが、実に17年ぶりだったために相当苦労してつくり上げた。

戦うことばかりにかまけていた当時のアクスが思い出したように時々つくる餅を、サーレマーは特別に喜びいつも輝く笑顔でおいしいと言ってくれた。

その笑顔を、言葉を、無意識に想像しながら、期待しながら、つくったのだ。

それなのに―

餅は、食べるものとてなく静かに雨に打たれ、見る間に型崩れしていく。

涙は出なかった。

実感が湧かなかった。

だが、胸が鋭い針で刺されたように痛んだ。

「うそだろう? うそだと言ってくれ。なぜ私より早く死んだ、サーレマー」
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