聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
『どうか明日から一週間を湿度の低い晴れにしてください』

はじめて会った時、陽雨神を見るなりサーレマーはそう言って平伏したという。

『高熱を出した子がいるのです。熱を下げるのにどうしても必要なのです。どうかお願いいたします』

『ほう、そんな願いをするからには、何か見返りを用意しているのだろうな?』

陽雨神は少し意地悪な気持ちで言葉を選んだ。滅多に話し相手など来ない場所だから、少しでも退屈しのぎをしたかったのだ。するとサーレマーは驚くべきものを差し出した。

『はい! うちのお餅を持ってまいりました! とってもおいしいですよ!』

それは笑える出来事だった。

天候をあやつるお礼がただの餅ひとつなど、笑えるではないか。しかも陽雨神は基本的に何かを食べることなどない存在なのだ。

一週間は笑えたから、結果的に熱を出した子供も良くなったという。それで今度はお礼にと懲りずに山ほど餅を抱えてやってきた。

『ありがとうございます! 陽雨神様!』

晴れ晴れとした笑顔には心からの感謝の想いがこもっていた。

その波動を陽雨神は知っていた。陽雨神はこの時、いつも自分の心に直接響き渡っていた強い祈りの主がこの青年であったことを知った。

約束などはなにもなかった。

ただサーレマーは毎月毎月、餅を持ってやってくるようになった……。

「―それで近所の子供たちのことや、餅作りのこと、隣のおじさんやおばさんのこと、そんなくだらない話をしゃべり散らしていくのだ。神であるこの私に。ふざけた奴だ。ちょっと晴れが続いただけで、生きることに喜んで…」

その言葉の端々に滲む想いが伝わって、リュティアまで泣きたくなった。

とても大切な人だったのだ。それがわかった。

やはり陽雨神の涙の理由はサーレマーの死をおいてほかにない。直接言葉にされなくても、リュティアにはそれがわかった。

陽雨神の涙がこぼれおち、星にあたって砕ける。
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