聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
「だが、奴は死んだ。約束したのに、死んだのだ」

「どんな約束を、されたのでしょう?」

リュティアは陽雨神の声を遮らないようそっと尋ねたが、陽雨神はその声にはっとしたように顔をあげた。自分が喋り過ぎたことに気付いたようだった。

激した感情の波が去り、彼の顔には静かな悲しみが宿っていた。

「…答える必要がない」

冷たい声は、リュティアを拒絶していた。すべてを拒絶していた。

「帰れ。我は一人だ。誰にも我の気持ちなど、わかるものか」

その台詞に、今度はリュティアがはっとなる番だった。

似ていると思ったのだ。いつかの自分に。

そう…あれはまだリュティアの歳が二けたになる前の、春の日。

リュティアは母に会うことを禁じられた。

それは…本当は母が亡くなったからだったのだが、それを知らずとも、二度と会えなくなると言われただけで、リュティアは胸が張り裂けそうだった。

『私は一人です! 誰にも私の気持ちなどわかりません!』

部屋の隅にうずくまり、涙に濡れながらそう叫んだ相手は13歳のカイだった。

叫んだ後で、昨年亡くなった乳母は紛れもなくカイの実母であったと気付く。彼が、自分よりも悲しい運命を乗り越えた人で、自分の気持ちをわかってくれるだろう人だったと気付く。

けれどあの時カイはこう言った。

『わからない…。リューの気持ちを、完全にわかることはできない。でも……リューは一人じゃない』

カイはリュティアに寄り添って、同じように膝を抱えて座った。

『私が、そばにいるから…』

触れた肩のぬくもりを覚えている。それからずっと、リュティアが泣きやむまでずっとそうしていてくれたことを覚えている。

リュティアはあの時のカイの面影を思い浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。
< 55 / 172 >

この作品をシェア

pagetop