聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
「皆、腹が減っていないか!」

アクスの突然の発言に、黒いアクスだけでなく見ていた男たちのほとんどが呆気にとられた。

「出場章のたすきを破いてみてくれ!! そこに特別に食べ物を用意した!!」

ざわざわと騒ぎながらも皆たすきを見たのは、皆観戦を続けるうちにアクスの言うとおり腹が減っていたからだろう。彼らは今日のたすきの中央が分厚くつくられていた理由を初めて知った。そこに縫い付けられていた食べ物を発見したのだ。

「餅?」

「おお、餅だ、うまそうな餅だ」

「さあ、遠慮なく、食べてみてくれ!!」

「…おい!! 何を言っている! 戦えと言っているだろうが!」

黒いアクスがこめかみに青筋を立てて怒鳴る。しかしアクスはそれには目もくれない。

皆が餅を口に運ぶのを、祈りながら見守る。

―どうか、どうか、伝わってくれ……!!

「おお」「これは」「なんだこれ」「いったい」さざ波が立つように男たちの間に驚きが広がっていく。

―どうか、どうか…! アクスは祈る。祈る。

この餅は、アクスと女たちが二週間かけてつくりあげた餅であった。ただの餅ではない。サーレマーが日記に書きつけ残した、究極の餅であった。

よもぎを練り込みあんをくるんだシンプルな餅だ。だがその工程は複雑と言えた。

もちづくりの全工程において、繊細な計量と緻密な力加減、そして何より皆の祈りの力を注ぎ込む必要があるのだから。

祈りが餅の味をよくすることにサーレマーが最初に気がついたのは、ちょうど陽雨神と出会ったころだという。

サーレマーが祈りながらつくった餅を食べ、祈る喜びを再確認したと近所の奥さまがたが笑ってくれた。なんでも、味がまろやかで、喜びに満ちていて、不思議と懐かしさや、歴史を感じさせる味なのだという。

サーレマーはそれから死までの一年間、密かに試行錯誤を繰り返しこの餅のレシピを完成させた。実際に試作した餅を食べて、祈りを忘れた女戦士が心を入れ替えた話も日記には書かれていた。

祈りは、伝わる。

サーレマーはそれを信じていた。

『究極の餅で、世界を変えます。約束します。この海の鏡の星の世界を、祈りの光でいっぱいにしてさしあげます!』

それこそが、サーレマーが陽雨神にした約束。

今、男たちに、彼の祈りは、伝わるだろうか。
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