聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
『魔月にも優しい心があるのですね』

リュリエルが見やるのは、狼の魔月―ヴィルトゥスの僕―が子猫を胸に抱いて眠っている様子だ。

『お前、怖くないのか』

背後から響きの良い声がする。そう、これはヴィルトゥスの声――リュリエルはこの声の響きを、ずっと前から知っているような気がしている。不思議だ。今日出会ったばかりなのに。

『怖い? とても穏やかな子です』

『違う…星麗なのに、魔月と共に暮らすこの俺が、怖く…ないのか』

『驚きましたけど、怖くはありません。できるなら魔月と戦いたくないと、ずっと思って来ました。こんなふうに調和して生きられたら…それは夢のようです。
この子はきっと希望なのです、ヴィルトゥス様。新しい時代を示唆する希望。きっと共存の道があるはずなのです。それを教えられただけで、怖いどころかとても嬉しいです』

『…お前、変わっているな』

『まあ、あなたこそ』

二人は笑み交わした。自然とみつめあっていた。

二人はこの時、互いの心に近しいものを感じたのだ。互いに互いが、戦いよりも調和を願う、共通する理想、夢、想い。そういったものを持った、はじめてみつけた同胞だった。

そんな二人を、野桜の蕾が優しくみつめていた。ほころぶ時を待ちながら。

『ヴィルトゥス様、私にさきほどの剣を教えていただけませんか。あの、気絶させるだけの剣。光神様がおっしゃっていた答えとは、きっとこの子と…あの剣のことなのではないかと思うのです』

『俺がお前に剣を教える?』

『あの剣が使えたら、もっとこの戦いの行く末も変わると思うのです。この子とヴィルトゥス様のように、なれる未来があるかも知れない。どうかお願いします』

『…………簡単じゃないぞ』

『わかっています』

『怪我をするかもしれない』

『剣の稽古で、慣れています』

『寝る暇もないかも――――』

そこまで言うと、ヴィルトゥスは盛大にため息をついた。

『何を言っても、お前は帰る気はなさそうだ。わかった、教えよう。ただし、厳しいぞ』

『はい!!』

―この時リュリエルが心浮き立つものを感じたのは、剣を教えてもらえることになったからだけではない。それだけではない、すでに離れがたいものを感じていたのだ。

知っている。この甘やかな気持ち。リュリエルはまだ気づいていなかったけれど。

ああ、とリュティアは胸が締め付けられる。

―リュリエルは…。

なぜかわからないが、こんなにも切ない気持ちでリュティアは思い知らされる。

―リュリエルは〈光の人〉ヴィルトゥスのことを、好きになってしまったのだ…!!
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