聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
「…母上、母上?」

はっと、リュティアは陽雨神の声で現実に引き戻された。

「リュリエルの力が今、あなたの中で蘇りかけている。だから聖具がこわされてしまっても心配はいらない。しかし今のままでは戦いにあまりに不十分な力。この日のために、リュリエルは我に自分自身の力の封印のカギを渡して逝った。これを見てくれ」

「これは…虹の宝玉? よりも、大きいですね…」

リュティアが形容したとおり、陽雨神が懐から取り出したものは虹の宝玉をふたまわり大きくしたような美しいふたつの宝玉だった。

「消えない虹のふたつのたもとにてこのふたつの宝玉を同時に天にかざすのだ。そうすればリュリエルの聖なる力が完全に母上の中に蘇るだろう」

「リュリエルの力…星麗の、アンジュの姫の、力…?」

リュティアはそれが自分のことだといまだ実感の湧かぬまま、ふたつの宝玉を受け取った。

「母上の記憶もそれで完全に戻るだろう」

言いながら陽雨神は今や晴れ晴れと、微笑んでいる。

「さて、消えない虹もかかったことだ。母上とアクスをフローテュリアまで送ろう。祖国へ一刻も早く戻りたいのだろう? 我の力なら、それができる。戦いの無事を…祈っている」

「ありがとうございます、陽雨神様」

「今夜は新月だ。いったんアクスを呼びに戻り、その夜のうちにまたここへ来るがいい」

「はい」

「………母上」

陽雨神の声調が変わった。とても大切なことを話す時のそれだと思ったから、リュティアも大切なことを聞くときのように、背筋を伸ばす。

「私は…悲しみを持って生まれてよかった…。悲しみは母上の言うとおり、大きな何かにつながっている…そう思うから」

「陽雨神様…」

リュティアの胸に不思議な気付きが訪れる。

悲しみを持って生まれた神。

悲しみを持って生まれる人間。

悲しみは、ひょっとしたら……。

「帰ったら、一刻も早く、〈光の人〉を探せ。魔月王に先んじて出会えなければ、あまりにも危険だ」

「………………」

リュティアは先ほどの切ない気持ちと、甘酸っぱい気持ちを思い出し、胸をおさえる。

―〈光の人〉はヴィルトゥス様の生まれ変わり…。

リュリエルの想い人。

人間として、生まれ変わっているという。

彼はいったい、誰なのだろうか。

いったい、どこにいるのだろうか。
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