聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
リュリエルはしばらく押し黙っていたが、それはヴィルトゥスに自由に話す時間をもたらすための優しい沈黙だった。それが証拠に、ヴィルトゥスが返事を待って口を閉じると、その澄んだ声を静かに聞かせてくれた。

『確かに…使命は重いかも知れません。私にも使命が…あります。アンジュの姫として、やらなければならないことがあります。けれどそれから目を逸らすことだけはしてはいけないと思うのです。だって、使命を持って生まれたのが自分でしょう? まぎれもなく、自分でしょう? 使命から目を逸らしたら、自分から目を逸らすことになってしまいます』

不思議だ、とヴィルトゥスは思う。

リュリエルの声には魔法の響きが宿っている。深い孤独の闇を、静かに照らし出してくれる光のような。

『私は目を逸らしたくはない。…いいえ、それだけじゃない、愛したい。使命を負って生まれたそんな自分を、愛したい。…きっと愛せます。ヴィルトゥス様もきっと、すべてひっくるめて、愛せます』

ヴィルトゥスがそっとうかがうと、リュリエルは輝くような笑顔を浮かべていた。ヴィルトゥスにはそれがあまりにもまぶしかった。

『愛する………か……』

『ああ!!』

リュリエルが空を見上げて突然大声を上げた。

『どうした?』

『月が…………』

それ以上言葉にならないようだった。

ヴィルトゥスが彼女に倣い空を見上げると、なんと満月が虹色に輝いていた。目の錯覚ではない。ひらひらと空を舞うオーロラのように、月が虹色の光を上から下へ、下から上へとなびかせている。月虹と呼ばれる大変珍しい天体現象だとヴィルトゥスは知っていた。

『……美しいわ………』

声になるかならないかの小さな声でそう呟いて、リュリエルは突然祈りの形に指を組んだ。

瞼は金色の長い睫毛で閉じられ、彼女が一心に祈っているのが見てとれる。

純粋な祈りが感じられる。

―光神に祈っているのだ。

それはヴィルトゥスに衝撃を与えた。

彼はこんな使命と共に自分を生み出したいわば父親のような存在の光神に対し半ば恨むような気持ちを持って生きていた。だからこんなふうに純粋に祈ったことなどなかったのだ。

ヴィルトゥスが呆然と眺めていると、やがてリュリエルが顔を上げた。

『世界は、なんて美しいのでしょう。そう思われませんか?』

紅潮した頬。その匂いたつような色からヴィルトゥスは目が離せない。

美しいと思った。

確かに美しいと思った。

『ああ…そう思う…』
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