聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
長い髪に隠れ、リュリエルの表情は良く見えない。だが肩を落としたその様子から、彼女がこの別れを歓迎していないことは確かだ。それならばそれだけでいい、それだけでいいと、ヴィルトゥスは自分に言い聞かせながら、かけるべき言葉を探した。何か気の利いた言葉をかけたかった。

『またいつでも来るといい』

『いいえ…いいえヴィルトゥス様』

リュリエルが顔を上げた。その眉間と瞳に宿る苦悩にヴィルトゥスははっとする。

『私は、結婚するのです。強いアンジュの血を残すこと、それが使命なのです。だからもう二度と、ここには来られないでしょう』

―結婚する。

その一言はヴィルトゥスに鈍器でなぐられるような衝撃を与えた。

その時はじめて彼は、自分の気持ちの正体を知った。しかし、知ったところで何ができたろう。

『そう…か…』

それが彼女の使命であり、森を守るのが自分の使命ならば、彼女を送り出すほか、何ができるというのだろう。

リュリエルを追いたい、と心が叫んだ。だがそれは使命を捨てることを意味していた。それだけはだめだ、許されないのだ。

『俺はこの森を、離れられない』

それは自分に言い聞かせるためのセリフだった。

『リュリエル…幸せに』

ヴィルトゥスは無理やり笑顔をつくった。つくったつもりだった。この表情がリュリエルの覚えてくれる最後の自分なのだと打ちのめされながらリュリエルを見やると、――

その白い頬が濡れている。

雨など降っていない。

その大きな両の瞳から、ぽろぽろとこぼれ落ちていく透明なしずく…。

ヴィルトゥスは愕然と目を瞠った。

―これはいったい…?
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