聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
ライトはゆっくりと、玉座から立ち上がった。

向かい合う二人の間を、凍てついた灰色の空気が流れる。

カイはライトを目の前にして、その隙のなさ、体に満ちている力の禍々しさに圧倒されていた。カイも戦士であるから剣を交えなくてもわかる。気配だけでわかる。とても敵う相手ではない。戦いを選ばないのは得策であるといえた。

無論、カイが武器を取らなかったとて一方的に殺される可能性はある。だが今、カイは命の危険を感じていなかった。ライトはじわじわと内から溢れ来るような闇の力に満ちてはいるが、殺気を放ってはいなかったからだ。

それに――

最後にライトを見た時の記憶が蘇る。今だ胸に焼けつくような悔しさを刻むあの口づけの場面。あの場面を見ているから、彼が持つそれだけの人間味を知っているから、悲しいことにカイはライトが話してわかる相手だと信じることができた。

「ヴィルトゥス――この名に聞き覚えは?」

あるはずがない。

あってはならない。

カイは念じるようにそう思いながらこの質問を口にした。

―私の気のせいであってくれ…。

しかし…。

ライトは意外そうに眉をひそめこう返答したのだ。

「なぜお前が…あの夢のことを知っている?」

――と。

カイは――。

カイは、天地がひっくり返ったような衝撃を受けた。

「う…そ、だろう? 夢に…見ている、のか?」

「……?」

「夢の中でお前は、お前は、ヴィルトゥスと呼ばれているのか?」

「…わからないな。なぜお前が、そのことを知っているんだ?」

カイはめまいを起こしてよろけた。

『―私の、星麗の騎士様だと思ったのです』

『―星麗の騎士様!』

ライトをそう呼んだリュティアの声が脳裏にまざまざと蘇る。“星麗の騎士”の本を大事そうに抱えて熱っぽいため息をついていた彼女の姿が蘇る。

―ライトは本当に、リュティアの“星麗の騎士”だったというのか!!
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