聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
「それは?」
乗っ取った豪奢な王の天幕―ライトたちの本陣―の中、牛の頭の悪魔グランデルタが机の上のものに眉をひそめる。
それは黒くすすけた骨のようなものだった。
「これはヴァイオレットとゴーグの骨だ。魔月どもがわざわざ拾ってきた」
ライトは机の上の骨を手に取ると、無造作に床の上に投げ捨てた。
「グランデルタ、お前にこの石をやる。この国の王が国宝としてまつっていたようだが、邪気に当てられ王自身病の身だった。―愚かなことだ」
「おお、これは、邪闇巨石。ありがたい」
グランデルタは一歩ライトのそばに進み出て邪闇巨石を受け取った。その足の下ではすすけた骨が粉々に踏み砕かれていた。グランデルタはそれに気づくことすらなかった。もしも気付いたとて、何の関心もなかっただろう。心の奥底から湧き上がってくるものなど、何もなかっただろう。何も。
「これから世界を攻略する。火竜にはヴァルラムを、風竜にはプリラヴィツェを、ゾディアックにはアタナディールを襲わせる。お前はフローテュリアを落とせ」
「御意。…。やっと本気を出したな。何があなたをそうさせた?」
ライトは答えない。視線も机の地図の上から動かない。
だからグランデルタはライトのその端正な横顔から、何かを読み取ろうとする。
冷淡なその表情からは、何かに突き動かされ何かを急いでいるような雰囲気が漂ってくる。ライトが何を急ぐのか、グランデルタにはわからない。わからないが、すぐにそんなことはどうでもよくなった。新しく下された血の命令の方が、グランデルタの関心をひきつけていた。
グランデルタは新しい血の予感に酔いしれながら、思い出したように言った。
「そうだ、さきほど空に消えない虹が架かった。人間どもが武器に星麗の力を宿してウルザザードを取り戻そうとやってきているが、どうする?」
ライトは地図から視線をあげると、燃えるようなまなざしを虚空に向けた。
「―渡さない」
その声は鋭い刃のように空を引き裂く。
ライトはざっと身を翻しながら告げた。
「作戦を伝える。刃向かう者は、殺し尽くせ。――以上だ」
天幕の出口へ向かうライトの背に、グランデルタの視線が突き刺さる。
その視線の中に含まれたわずかな殺気に、ライトは気づいていた。
ライトは唇の端をわずかに持ち上げる。
―やってみるがいい。俺を殺せるなら…。
いや、こいつ程度の者ではもう、今の俺を殺せない、とライトは思う。
凄惨な戦場が天幕を出たライトの目の前に開ける。血と炎の地獄の中に、ライトは視線を走らせる。
―俺を殺せるのは誰だ。どこにいる…!!
すでに彼のまなざしがとらえるのは戦場ではなかった。たったひとりのやさしい桜色の面影だけが、彼のすべてを占めているのだった。
乗っ取った豪奢な王の天幕―ライトたちの本陣―の中、牛の頭の悪魔グランデルタが机の上のものに眉をひそめる。
それは黒くすすけた骨のようなものだった。
「これはヴァイオレットとゴーグの骨だ。魔月どもがわざわざ拾ってきた」
ライトは机の上の骨を手に取ると、無造作に床の上に投げ捨てた。
「グランデルタ、お前にこの石をやる。この国の王が国宝としてまつっていたようだが、邪気に当てられ王自身病の身だった。―愚かなことだ」
「おお、これは、邪闇巨石。ありがたい」
グランデルタは一歩ライトのそばに進み出て邪闇巨石を受け取った。その足の下ではすすけた骨が粉々に踏み砕かれていた。グランデルタはそれに気づくことすらなかった。もしも気付いたとて、何の関心もなかっただろう。心の奥底から湧き上がってくるものなど、何もなかっただろう。何も。
「これから世界を攻略する。火竜にはヴァルラムを、風竜にはプリラヴィツェを、ゾディアックにはアタナディールを襲わせる。お前はフローテュリアを落とせ」
「御意。…。やっと本気を出したな。何があなたをそうさせた?」
ライトは答えない。視線も机の地図の上から動かない。
だからグランデルタはライトのその端正な横顔から、何かを読み取ろうとする。
冷淡なその表情からは、何かに突き動かされ何かを急いでいるような雰囲気が漂ってくる。ライトが何を急ぐのか、グランデルタにはわからない。わからないが、すぐにそんなことはどうでもよくなった。新しく下された血の命令の方が、グランデルタの関心をひきつけていた。
グランデルタは新しい血の予感に酔いしれながら、思い出したように言った。
「そうだ、さきほど空に消えない虹が架かった。人間どもが武器に星麗の力を宿してウルザザードを取り戻そうとやってきているが、どうする?」
ライトは地図から視線をあげると、燃えるようなまなざしを虚空に向けた。
「―渡さない」
その声は鋭い刃のように空を引き裂く。
ライトはざっと身を翻しながら告げた。
「作戦を伝える。刃向かう者は、殺し尽くせ。――以上だ」
天幕の出口へ向かうライトの背に、グランデルタの視線が突き刺さる。
その視線の中に含まれたわずかな殺気に、ライトは気づいていた。
ライトは唇の端をわずかに持ち上げる。
―やってみるがいい。俺を殺せるなら…。
いや、こいつ程度の者ではもう、今の俺を殺せない、とライトは思う。
凄惨な戦場が天幕を出たライトの目の前に開ける。血と炎の地獄の中に、ライトは視線を走らせる。
―俺を殺せるのは誰だ。どこにいる…!!
すでに彼のまなざしがとらえるのは戦場ではなかった。たったひとりのやさしい桜色の面影だけが、彼のすべてを占めているのだった。