聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
「そこで、今の陣形を変えたいと思います。雁行の陣を用いましょう。雁行の陣といっても、ただ斜めに布陣するだけではありません。このように――」

フリードは円陣の中央に広げた巨大な地図に、羽根ペンで大きくバツ印を書いた。

「正面を交差地点として大きくクロスさせて布陣し、いつでも近づく者どもをはさみうちにできるようにするのです」

「それでは西門と東門の守りが薄くならないか?」

グラヴァウンがあごをもみしだきながら口を挟む。

「この部隊とこの部隊を流動的にするのでさほど心配はいらないでしょう。無論、今までより防御は手薄になりますが、敵が正面にかたまって布陣している今、西と東の守りを固めるよりも正面の敵を確実に殲滅していく方がよいと思われます」

「その場合補給の方はどのように指示すればよろしいですか」

遠慮がちな声を上げたのは補給の責任者である武将だ。補給と言っても、水だけで生きられる今の彼らに兵糧の心配はない。水だけを確実に前線に補給できるようにすればよい。フリードは新しい陣形の補給の仕方を細かく責任者の武将に伝えた。

「ほかに質問は」

居並ぶ武将たちの中に口を開く者はなく、かわりに彼らの体から闘気が放たれ始める。すでに戦場へ、彼らの心は旅立っている。

作戦は定まった。

「…では、あとはあなたたちがなんとかしてください。戦いは私の専門ではないのでね」

場を和ませるためのフリードの軽口に、グラヴァウンが豪快な笑い声を上げる。

「わかってる! 私の専門さ。頭を使うのはどうも小難しくてかなわん」

「単細胞ですからね」

「単細胞? そりゃいい、戦いに複雑な細胞はいらんさ」

「細胞はひとつで結構ですが、そのひとつを最大限ぎゅぅっと引き延ばして頭にもまわしてくださいよ。あなたの相手は敵の総大将グランデルタ、闇の力を使って来ます。正攻法では勝てない」

「お任せあれ」

二人の遠慮のないやりとりに、武将たちが笑う。
< 93 / 172 >

この作品をシェア

pagetop