聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
―こんなことならアクスにもう少し詳しく聞いておくんだった…。

アクスは切り札となるリュリエルの力を解放するために、宝玉を持って虹のたもとプリラヴィツェへとすでに単身旅立っている。

リュティアがアクスにカイのことを聞けなかったのは…そして今も誰にも彼の行方を聞けずにいるのは、怖いからだ。カイが助けに来てくれなかった理由を知るのが怖いからだ。

「女王陛下、その台に布を」

軍医の声がわずかな物思いを破った。

「はい」

指示通り台の上に布を敷くリュティアのもとに、新しい怪我人が運ばれてきた。

腹のあたりが鋭い爪でえぐられたようになっており、どくどくと血が溢れている。

軍医が手早くけが人の兵士の服を脱がせ、リュティアに渡す。

リュティアはそれを手に取り、はっとなった。

それは護衛官の制服だった。

カイがいつも身につけていた紺色の制服と同じものだった。

その服に抱きしめられた日の感触が、リュティアの中に鮮やかに蘇った。

リュティアはしばし我を忘れてその制服を凝視した。

リュティアは気づいていなかったが、雪原をさまようリュティアの心が求めているのは光ではない。ぬくもりだ。カイが抱き締めてくれたあの夜のぬくもりを求めているのだ。

こみあげてくるものを、リュティアは必死でこらえた。

それはひたすらな慕わしさとどうしようもない切なさからくるものであったが、彼女にはわからない。自分の気持ちがわからない。わからずに、ただただ、制服から手をはなすことができない。

どれほどそうしていたのだろう。

気がつくと制服は持ち去られ兵士の治療は終わり、リュティアの目の前にはフリードとラミアードがいた。
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