聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
「ラミアード陛下!! フリード様!! 大変です!!」

一人の兵が血相を変えて天幕の中へとまろぶように駆けてくる。にわかに場の空気が緊張感を帯び、リュティアは言いかけた言葉を飲み込んでラミアードとフリードを仰ぎ見る。彼らの表情は王のそれ、宰相のそれに変わっていた。

「何事だ」

「前方に、空を飛び弓を扱う魔月が現れました! 奴らは空の高いところからこの本陣を狙っています!」

「落ちつけ。弓兵隊に指示を出せ」

「指示はすでに出してありますが――」

「敵の数は?」

「十数体――ああっ」

兵の言葉の最後は悲鳴になった。リュティアや軍医たちも悲鳴をあげる。

天幕を突き破り、彼らの目の前に何本もの矢が突き立ったのだ。ラミアードは腰の剣を引き抜き続く矢を切り落とすと、「リュー、こっちに…!」とリュティアの体をさらった。

天幕の外にも矢の雨が降り注いでいた。

リュティアが見上げると、日の光をさえぎるように空には十数匹のおどろおどろしい影が舞い、げらげらと気味悪く笑いながら次々と矢を放っている。

樋嘴(ガーゴイル)の魔月―老人の顔と爬虫類の肌にこうもりの翼持つ異形の獣。物語の中で知ってはいた。

ラミアードがすぐそばで怒鳴った。

「弓兵隊! 何をしている! 射落とせ!」

「無理です陛下! 高すぎます! とても届きません」

「何っ!?」

弓兵隊の言葉通り、彼らの放つ矢は樋嘴たちの足下程度までしか届いていなかった。

上から落とす矢の方が遠くまで飛ぶ。樋嘴たちはそれを計算してやっているのだ。

「くそっ! なんとかならないのかっ!!」

悔しそうに呻くラミアードと、それをはらはらと見守るリュティアのすぐそばに、どさりと上から突然何かが落ちてきた。

「!?」

二人が飛びのきながら目にしたもの。

―それは樋嘴だった。

心臓をたった一本の矢で射ぬかれ、絶命している。

「どういうことだ、矢は届かないと―――」

驚愕に満ちたラミアードの声が終わらぬうちに、次々と空から樋嘴が降ってきた。見上げる人々の目に、うなりをあげる力強い矢が映る。

届かないはずの距離を悠々と飛び、一撃で樋嘴たちの心臓を射ぬく矢。

陽の光の方角に、人影があった。
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