アイバナ
 買い込んできた食料が一通り片付いた頃には、午後一時を回っていた。それなりに換気もされただろうと、冷たい風の流れ込む窓を閉める。


「……ねぇ」

「ん?」


 施錠をしながら、そういえば、と思い出したことがあって。私のいるキッチンではない、隣の洋間で同じく窓を閉める彼に声を掛ける。


「家出る前、窓閉めてくれたんでしょ?……ありがと」


 そう。胃酸の臭いの篭らないよう、内容物を吐き出した後、私は窓を開けた。しかし目が覚めて彼が戻って来た時には既に閉まっており、寧ろ少々淀みさえ感じる程。

 胃酸に粘膜をやられたばかりの喉で、この少々季節外れの寒さに曝されれば、風邪を引くことは免れない。

 それを理解しての気遣いであろう行動に、流石に礼は言うべきだろうと判断したのだけど。


「……変な子だね。僕は君を誘拐して、ここに軟禁してるのに」


 一瞬腑に落ちないと言わんばかりの表情を浮かべてから、軽く噴き出す。

 そう、世間一般から見れば彼はただの犯罪者。誘拐だ軟禁だという以上に、一度私を殺そうともした。

 それでも私にとっては、それよりずっと大きな存在価値が、彼にあるのだ。口にするには憚られる、けれどとてもとても大切な。


「関係無いよ。あのまま寝てたら風邪引くところだったし」


 ……そう。口にするには、憚られるから。

< 30 / 40 >

この作品をシェア

pagetop