TRIGGER!
 段ボール一箱の引っ越し。
 それは、滞りなく完了した。
 何のことはない、繁華街の南の端から北の端まで移動しただけだ。
 車で約五分の旅。


「場所だけ教えてくれれば一人で来たのにさ」


 終始仏頂面の彩香。
 だが風間は表情を変えずに。


「それじゃあ心配ですので」
「何がだよ」
「社長は今日、引っ越ししろと仰ってましたので」


 彩香に自発的に引っ越しさせたら、何日かかるか分からないという事だ。
 まぁ、それもあながち外れてはいないが。
 彩香は舌打ちをする。
 捉えようによっては、峯口にいいように束縛されているような気もしないでもない。
 全くもって、面白くない。


「彩香さん」


 マンションの前に停車してエンジンを切り、風間は言った。


「何回でも言いますが、社長があなたの面倒を見るのは間違ってもボランティアじゃありません。これは投資です。そしてあなたはこの2ヶ月、この街から出て行かなかった。それは、こちら側との関係を続けて行く意志がある、と、我々は捉えています」
「・・・・・・」


 後部座席に足を組み、彩香は黙ったままタバコに火をつけた。
 風間の言う通り、出て行こうと思えば、いつでも出て行けた。
 だけどそれをしなかったのは――。
 彩香はタバコをくわえたまま車を降り、目の前のマンションを見上げた。
 六階建ての、白い壁のマンション。
 看板が建て付けてあるところを見ると、一階と二階は店舗のようだ。
 峯口は古いと言っていたが、外観はそんなに古びた感じはしなかった。
 窓の数から見ても、部屋数自体はそんなに多くない。
 ワンフロアに三部屋ずつくらいか。
 そう見たら、一つ一つの部屋の間取りは、かなり大きい。


「彩香さんの部屋は501号室です。見ての通り、下二つのフロアは今のところ店舗が二つ営業してますが・・・住居の入り口は三階でオートロックになってますので、泥酔者が入って来るなんて事はないと思います」
「入って来たところで、無事じゃ済まねぇけどな」


 彩香はポケットに両手を突っ込んだまま、ケケケと笑う。


「そうですね。オートロックで良かったです、余計な慰謝料を支払わなくて済みます」


 かなりカチンときたが、彩香はぐぐっと堪える。


「早く鍵よこせよ。ここでいいから」
「私もそうしたいんですが・・・部屋まで送れ、との社長の申し付けがありますので」
「んなモン、どーやってバレるんだよ。黙っててやるよ」
「ですが、ここの住人に会ったら、私がいた方が何かと都合がいいかと」
「はぁ!? 何だよそれ」
「行けば分かります」


 風間はそう言うと、段ボール箱を後部座席から取り出してマンションの入り口に向かう。
 彩香は舌打ちして、仕方なく風間の後を追った。
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