TRIGGER!
 オートロックを開けてマンションの中に入ると、三階のフロアは、エントランスになっていた。
 広々とした空間には観葉植物などが置いてあり、クリームイエローの床も綺麗に磨かれている。


「右手は管理人室、エレベーターは左に一機あります」


 言いながら風間は管理人室のインターホンを押す。


「今日からここに住むんですから、管理人さんに挨拶するのが常識なので」


 面倒くさいこと、この上ない。
 少し待つと、部屋の中から一人の老婆が顔を出した。
 白い三角巾を被り、オレンジ色のエプロンをしている。
 顔に刻まれた深いシワと、にこりともしない表情。
 背は彩香の肩くらいしかなく、背中は少しも曲がってはいない。
 ホウキを持った姿勢も素晴らしく正しい。


「あんたかい」


 鋭い眼光で、老婆は風間を見上げた。


「どうも。今日からお世話になります、峯口彩香さんです。彩香さん、こちらは管理人の北沢さんです」


 風間が紹介する間も、彩香はポケットに手を突っ込んだまま、タバコをふかしている。
 老婆は黙って彩香に歩み寄る。
 そしていきなり、ホウキを彩香の顔すれすれにひと振りした。
 まさかそう来るとは思っておらず、そしてその速さに驚いて、彩香は思わず後ろに仰け反った。


「なっ・・・何すんだババァ!」


 彩香は怒鳴る。
 だが北沢という老婆は、床に落ちたタバコをゆっくりと拾い、グシャリと素手で揉み消した。


「なっ・・・!?」


 あんぐりと口を開けたまま、彩香は固まる。
 北沢は、そんな彩香を睨み付けて。


「くわえタバコもいいけどね、お嬢ちゃん。床に灰の一つでも落とした日にゃ、どうなるか分かってるだろうね?」


 あまりの迫力に、彩香は動けない。


「いや北沢さん、彼女は今日からここに住むんですから、こちらのルールは追々分かっていくと思いますよ」


 風間が静かにそう言うと、北沢はそうだねぇ、と頷いて。


「ま、今日だけは許してやるよ」
「私からもよく言っておきますから」


 では、と、風間はエレベーターの方に向かって歩き出した。
 彩香も慌ててついて行く。
< 12 / 92 >

この作品をシェア

pagetop