TRIGGER!
「このフロアの503号室には、住人がいます。後で挨拶しておいて下さい」


 風間の口調はあくまで事務的だ。
 こんな男をトコトン飲ませたらどうなるのか、一度見てみたいものだ。
 二人並んで廊下を歩いていると、503号室のドアがいきなり開いた。
 彩香は、風間が少しだけ眉をひそめたのを見逃さなかった。


「おやおや~? この街を牛耳るボスの飼い犬が、こんな所に何の用だ?」


 どうやら一部屋空けたお隣さんは男らしい。
 一歩右にずれて、彩香はドアで視界に入らなかったその男の姿を見る。
 やたらと身長が高いが、黒いタンクトップから覗く腕は筋肉隆々としていて、胸板も厚い。
 この国の人間にしては彫りが深く、目の色も薄い茶色。
 短めの髪の毛も、その瞳と同じように茶色がかっていた。


「こちらが、503号室に住んでいる浜崎譲二さんです」


 風間は浜崎とは視線を合わせずに、彩香に紹介した。
 そこで初めて、浜崎譲二は彩香に気づいたらしい。


「お。新入りか?」


 言いながら、ドアを全開にしてこっちを見下ろす浜崎。
 目の前に立たれると、彩香の目線は浜崎の胸くらいしかない。
 だが、次の瞬間。


「!?」


 ぶんっ、と浜崎の足が空を切る音が、廊下に響いた。
 このがっしりとした巨体から繰り出される蹴りだ、もし当たっていたら、体重の軽い彩香はどこまでも吹っ飛ばされていただろう。


「・・・へぇ・・・」


 足を上げたまま、浜崎はニヤリと笑う。


「ま、引っ越して来たのがこんな可愛い子で良かったぜ。あの親分もたまにゃ気が利くじゃねぇか。あ、お嬢ちゃん、俺の事はジョージって呼んでくれよ、気軽にな!」


 ジョージがそう言っている間。
 彩香は俯いて、タバコを取り出して火を点けた。
 そしておもむろに、ジョージに向かってパンチを繰り出す。
 だが、それは風間によって止められた。
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